2020-1/10

 まともに生きることを諦めた。

 

 火曜日、おれは自身の道徳心と戦っていた。時刻は昼の12時、目の前には締め切りが水曜日の17時のゼミの資料。進捗は絶望的。ここからかなり頑張らないと間に合わない、ということは明らかだった。しかし、おれはその日17時からバイトに行かなければならなかった。コンビニみたいなそのボロスーパーのバイトをおれは1月の10日付で辞めることがすでに決まっていた。単位が心許ないので学業に専念、という半分嘘で半分本当を理由にした円満退社。翌日水曜日の出勤をもって退職届を提出し、制服を返して後腐れなく辞められるはずであった。しかし、呑気に17時からバイトに行っていればおそらく資料は完成しないだろう。学校で16時半まで作業をして、バイトを終えて帰ってきて23時頃から作業を再開する。そういう考えもよぎったが、あまりにも都合よく考えすぎている。おれはバイトを終えてから作業できるほど元気な人間ではない。疲れて飯を食べて風呂入って24時過ぎには眠ってしまっている。ここでおれは天秤にかけた。バイトに行ってその後作業ができるという可能性と、バイトを飛んだ結果、資料作成が今日でおおかた終わるという可能性を。勝ったのは後者だった。もうすぐ辞めることは分かっていて、シフトにもほとんど穴を開けることはない。ちょっと辞めるのが2日早くなり、もう2度と家からいちばん近いスーパーに行けなくなるだけだ。かかる迷惑は最小限で済む。自分を正当化する理由ばかり挙げ、すぐさまバイト先の電話番号を着信拒否に設定し、社員や、同僚のLINEをブロックし削除した。もう後には戻れない。辞めることを伝えることより、飛ぶことを決意する方が簡単だった。一応、18時頃まで携帯の電源を切って作業に専念する。そして18時半頃、携帯の電源をつけ確認。もちろん着信は入っていない。今頃すごい悪口を言われているのだろうか。もう2度と会うことのない人たちに。

 

 おれがまた人としての尊厳をひとつ犠牲にしたおかげで21時頃に資料はほとんど完成といってもいい状態になった。あとはパワーポイントの原稿をつくり、明日教授のチェックを受けるだけである。ここでおれはシャワーを浴びにいった。家に戻ってから腹の調子が悪くなっていたのだが、正月に実家で食べた深夜のポテチが忘れられず、オナニーを覚えたての男子中学生のそれと同じペースでポテチを食べていたことが原因だろうか、などと考えていた。服を脱ぎ、シャワーを浴びる。その瞬間、腹痛に襲われる。しかし、これは屁で解決出来るものだと判断した。腹に力を入れる。とても表現できない汚い音が響いたあと、おれの足元を茶色の液体が通過していき、風呂の排水口に吸い込まれていった。自分の身に起きたことが信じ難く、体感では30分ほど直立したまま動けなかった。まるで幼児である。排泄すらままならならなくなってしまったのか。内面だけでなく、体の機能すらおかしくなってしまったのか。バイトを飛ぶという、極限状態にあった緊張感から解けた安心感があったのか。かなり入念に身体を洗い、頭を洗い、もう一度身体を洗って風呂を出た。その後のことはあまり覚えていない。風呂に上がってから書いたパワーポイントの原稿は翌日の添削でほとんど姿を変えることとなった。

 

  発表は滞りなく終了し、いくつかの改善点やアドバイスを貰った。教授たちは自分の排泄の管理すらままならない野郎になにを真剣にアドバイスをしているのだろうか。もちろん教授たちはそんなこと露知らずではあるんだけど。人として大事なものを幾つか失った数日だったが、これからは何があってもこの出来事を思い出すと全てどうでもよくなるだろうな、という確信だけは得ることができた。