2019-10/30

 23時半過ぎに北山駅から我が家へと北へ北へと歩を進めていた給料日前のある日。カードを使い過ぎたことを激しく後悔し、28日のカード引き落としを恐れながら、削れるところは削らないと来月末はもっとしんどくなる…と、絶望に打ちひしがられていた。そんな状況でも呑気に腹は減ってしまうもので、四条から乗った帰りの電車でも鳴り止まなかった腹の虫を抑えつつ晩飯のことを思案していた。財布には10数円しか残っていないし、コンビニでカードを使って払うのもなんかなぁ…また来月にツケ回ってくるだけやし…と焼肉屋の前を通りかかったときだ。まだ灯りが付いていた店内をなんとなく覗き込んでみると制服姿の人が数名カウンターに座って楽しそうに会話しながら食事をしているではないか。羨ましい…。賄いが出るバイトに行くべきだった…。ここの焼肉屋はバイト先のスーパーに行くときの通り道にあって、バイト募集中の張り紙をずっと貼ってはいるんだけど焼肉屋のバイト…という躊躇いから応募はしないでいた。だけど賄いが出るなら話は別だろう…。店頭に置いてあるメニューをたまにチラッと見るんだけど中々の値段がする良い焼肉屋だし…。賄いが食べたい…。そんな思いを抱えながらどれくらいその光景を眺めていたのだろう、突然店のドアが勢いよく開いた。

「坊主!何じーっと見てんだ!」2mを優に超えているのではないだろうか、巨体がドアから顔を現した。

「あ…ごめんなさい、あまりにもお腹が空いていて…」

「羨ましいのか?ガハハ!食わしてやろうか?」

「え…」

「食わしてやろうかって言ってんだよ!食うのか食わないのかはっきりしろ!」

「いいんですか…?」おれは状況が飲み込めないまま中途半端な返事をすることしかできなかった。

「俺が良いって言ってんだから良いに決まってんだろ!ほら!入んな!」巨人は強引におれを店内に引きずり込んだ。

「あー、また店長が拾ってきた〜」

「はは、ずっと見てたもんな」

 おれは今何に巻き込まれているのか分からないまま入り口のすぐそばに立ちっぱなしだった。

「待ってな、すぐに作ってやるから。座って待っときな!」

「は、はい…」

 言われるがままに椅子に座ると横の男の人が話しかけてきた。

「お腹空いてるの?長い間じーっと見てたけど…」

「あ、まぁそんな感じっすね…いや、それよりいいんですか…こんな部外者に…」

「ははは、たまにあるねん、こういうの、店長の気まぐれってやつかなぁ」

「あ、そうなんすか…」まだ何も分からないままに生返事をしていると賄いが出てきた。こ、これは…

「ローストビーフ丼…」

「お、なんや、不満か?」

「い、いや全然そんなことないっす!ほんまにありがとうございます!頂きます!」

「おう、まだ余ってるからおかわりもしてええぞ!ガハハ!」

……それから幾ら時間が経ったのだろう…おれは何故か初対面の焼肉屋の店員に「黒髪ボブで身長150-155センチの大きいリュックが似合うサブカル女子と付き合いたいんです!」という話をしていた…。床には芋焼酎の空き瓶が転がっている…。焼肉屋の従業員たちが次々と床に伏すなか、次の日も講義が入っていたおれは「すんません、ご馳走様でした。ほんまにありがとうございました。また客として来ます。失礼します」と店を後にしようとした。するといつの間に背後を取っていたのだろう。店長が「15450円」と訳の分からないことを言ってきた。少しずつ酔いが覚めていく感覚があった。

 「は?」

 「15450円」「いや、賄いじゃないんすか?」

 「賄いってのは、従業員しか食べれないんだよ?君、部外者だよね?ほら、15450円」LUSHの店員のような貼り付けたような笑顔が怖かった。

 「百歩譲って15450円払うとしても高くないすか?おかしいでしょ」

「うるせぇ!!」

駄目だ。話がまるで通じない。これはぼったくりなのか…?焼肉局…?項垂れるおれ。

 「ほら、払ってくれる?」

 「すいません…今手持ちがなくて…口座にも2000円くらいしか入ってなくて…」

 「それじゃあ…身体で払ってもらわないとね…」

 少しお尻に力を入れたそのとき、違和感に気付いた。もう既に厨房とおれの右足を鎖が繋いでいた…。

「時給450円ね?」………

 

 そんなことがあり焼肉屋に幽閉されていたので学校にもバイトにも行くことができず、日記も更新できず大変だった。15450円分稼ぐと店長はまるで別人かのような笑顔でおれを送り出してくれた。鎖から解き放たれた右足は少し青白くなっていた…。